2009年12月1日星期二

弘宮さまの背広 初仕事 仏壇にたばこそなえ父母に報告

皇室デザイナー
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ある朝、高島屋に出社すると婦人服部長が血相を変えて駆け寄ってきた。「おい、芦田さん。大変なことになったよ。実は宮内庁から電話があって、弘宮さまの背広を作って欲しいと依頼されたんだ」とまくし立てる。「えっ、何だって」。私は思わず聞き返した。
宮内庁の関係者が「少女服」を見て気に入り、推薦してくれたのだという。欧州土産から発展した「少女服」が、思わぬ幸運を運んできてくれた。「とにかく、東宮御所に伺って、皇太子妃の美智子さまと面会して欲しい」。婦人服部長の顔も心なしか上気していた。
身に余る光栄だった。でも美智子さまと面会なんて、一体、どんな服装をして、何を話せばいいのだろう。皆目、見当が付かなかった。とりあえず黒いスーツに地味めのネクタイを身につけ、高島屋が用意した黒塗りのハイヤーに乗って、東京・元赤坂にある東宮御所に向かった。
警備員が敬礼し、鬱蒼とした林の中をなだらかなアスファルトの坂道が続いている。私は身が引き締まるような緊張感を覚えた。東宮御所に入り仮縫い室に案内された。10畳ほどの室内に大ぶりの鏡や応接セットなどが置かれ、静寂の空気に包まれていた。
しばらくするとドアがゆっくりと開き、美智子さまが入ってこられた。
「芦田でございます。このたびは弘宮さまのお洋服を仕立てることになりました。お目にかかれて光栄です。」
私が深々と頭を下げると、美智子さまは優しい笑みを浮かべながら頷かれた。その瞬間、清楚なバラの花のような気品が漂い、私は目がくらみそうになった。
 「こちらこそ、よろしくお願いします。どんな洋服が出来るか楽しみですね」
自己紹介や雑談などで30分ほどがあっという間に過ぎた。夢のような時間だった。帰り際に、女官さんからお土産として白い箱に入ったたばこをいただいた。たばこには菊の花のマークが入っていた。私はそれを自宅に持ち帰り、真っ先に仏壇に供えて天国にいる父と母に報告した。
弘宮さまに仕立てたお洋服はダブルのスーツだった。そのハンサムな弘宮さまの姿の凛々しかったこと!私はまず採寸し、仮縫いを1、2回してから洋服を仕上げた。スーツの出来栄えに美智子さまも弘宮さまも大変満足されたようだった。
まだ赤ちゃんだった弟の礼宮さまのお洋服を仕立てたこともある。まさか仮縫いにはピンを使うわけにも行かず、セロハンテープで代用した。でも礼宮さまが元気に動き回るのでセロハンテープがどうしても外れてしまう。何度もやり直したのをいまでも懐かしく思い出す。
「芦田さん。今度、私が着るお洋服の仕立てもお願いしてもよろしいかしら」
やがて、美智子さまからこんなご依頼を頂いたときは、まるで天にも舞い上がりそうなくらいの喜びを覚えた。人生で最高の瞬間だった。大学も満足に出ていな い私が、皇太子妃の衣装を作るなんて・・・・・・。父や母が生きていたらどんなに喜んだことだろう。今までの苦労が報われた気がした。
「ありがたき幸せです。謹んでお受け致します。」目頭がジーンと熱くなるような感慨をかみ締めた。


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単語

弘宮 ひろのみや
血相 けっそう
宮内庁 くないちょう
捲くし立てる まくしたてる
心成しか こころなしか
皆目 皆目
地味め
ハイヤー
鬱蒼 うっそう
なだらか なだらかな坂
大振り おおぶり 大型
静寂 せいじゃく
眩み くらみ
採寸 さいすん
仮縫い かりぬい
セロハンテープ = セロテープ
報う むくう
感慨 かんがい

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