2009年11月21日星期六

「その婚約、破棄してくれ」 貯金なく、指輪はトルコ石

略奪愛
======

独り身で外食に飽きていた私は、3歳下の後輩デザイナー、富田知子の家に呼ばれて、頻繁に食事を共にするようになっていた。とは言っても兄と妹とのような関係で、まだはっきりした恋愛感情のようなものはない。
日本橋で有名な紳士服店を営んでいたこともある資産家だった。父は2枚目の歌舞伎役者のような優男。 母は気風の良い姉御肌。ともに大変な食道楽で、「いつもごちそうになります」と私が顔を見せると、目を細めながら、四節折々の旬の食材を使ったおいしい料理を出してくれた。
後で聞いた話だが、物怖じせずに他人の家に上がりこみ、ズケズケといいたいことを言う私のことを、義父は「決して二枚目ではないが、ああいう男は出世するぞ」と褒めてくれていたらしい。義父とは対照的な無粋なところが見込まれたのかもしれない。
ジョンストンは社員30人くらいの会社でデザイナーは友子も含めて7人ほど。会社では上司と部下だが、年は3つしか離れていないから友人のようなものだ。一緒に食事したり、飲みに行ったり、仕事や見合いの相談に乗ったりという状態が続いていた。
そんなある日、友子が改まった表情で「話があるの」と声をかけてきた。聞いてみると「ある男性と婚約を交わし、挙式する準備を進めている。だからウエディングトレスをあなたにデザインしてほしい」という。すでに日取りも決まっていた。私は、いきなり横っ面をぶん殴られたような衝撃を覚えた。
「落ち着け。落ち着け」。自らに言い聞かせた。妹のように思っていたあの友子が他人のものになってしまう。それは寂しいことではないか。いや、いや、寂しいどころではない。これは絶対に受け入れてはいけない事態だぞ!その瞬間、私は友子への熱い感情に初めて気付いた。そして、土壇場に追い込まれた自分の窮状も悟った。
しばらく黙考した後、意を決して友子に言った。「その婚約、破棄してくれないか。君と結婚したいんだ!」。私の唐突の申し出に友子は驚き、首を振った。「ダメよ。もう式場も予約し、招待状も印刷しているんだから」。「分かった。とにかくご両親に相談しよう」。私は居ても立っても居られず、友子の実家に向かった。
両親は私の言葉にじっと耳を傾けていた。やがて義母が居住まいをただしながら口を開いた。「事情は良く分かりました。招待状はすでに印刷していますが、こちらで何とかとめさせましょう。2人とも決心はいいですね。実は私たちも、かねがね2人が一緒になるのがいいと思っていたのですよ」。凛とした口調が広間に響き渡った。
私は胸をなでおろした。だが、いざ結婚が決まってみてハタと困った。浪費続きで婚約指輪を買う金がなかったのだ。「申し訳ありません、実は私には貯金がないのです。今買えるのはせいぜいトルコ石くらいです」。正直に打ち明けると、義母は笑いながら「お金なんて問題ではありませんよ。これから立派になって、おおきなダイヤでも買ってやってくださいな」とからりといってのけた。
1960年(昭和35年)3月15日。私と友子ははれて結婚した。この結婚を機に、私の人生の運気は一気に上昇する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
単語

略奪 りゃくだつ
営む いとなむ
優男 やさおとこ
気風 きっぷ
姉御肌 あねごはだ
食道楽 くいどうらく
四節折々 しせつおりおり
物怖じせず ものおじせず
義父 ぎふ
義母 ぎぼ
無粋 ぶすい
日取り ひどり
横っ面 よこっつら
打ん殴らせた ぶんなぐられた
土壇場 どたんば
窮状 きゅうじょう
悟る さとる
黙考 もっこう
居住まい いずまい
正す ただす
かねがね ー 以前からずっと
胸を撫で下ろす むねをなでおろす
ハタと困る ー 突然 困る
晴れて ー 世間に正式に認められて、もうだれにも遠慮する必要のないさま。公然と。

没有评论: