2009年11月11日星期三

親代わりに兄の"愛のムチ" 「男のくせに」デザイン画燃やす

劣等性
======

終戦を迎え、母と私は東京の三兄の家で共同生活を始めた。三兄に世話になるのは金沢以来のことだ。五高から東京帝大医学部を立て、厚生省に入った三兄は将来を嘱望されるエリート。勉強が苦手だった私は「鬼っ子」のような扱いを受けた。
カム カム エブリバディ エブリバディ ハウーアーユー・・・・・・
今でも心に突き刺される悔しい思い出がある。それはラジオから軽快なリズムに乗って、流れてくるNHKの英会話番組のテーマソングだ。童謡「証城寺の狸囃子」の替え歌である。当時、私立の東京中学に通っていた私は毎朝、ラジオに耳を傾けるのが日課だった。
食卓で三兄と向かい合い、朝食をとっていると、どういうわけか、都合の悪いタイミングでラジオの講師が次々と質問を投げ掛けてくる。「今の質問に答えてみろ」。その都度、目の前の三兄に問い詰められた。だが、英語が苦手な私にはどうしても答えが思い浮かばない。じっと黙っているのが常だった。
ある朝、三兄がイライラした様子で声を張り上げた。「おい、いい加減にしろ。どうしてこんな簡単な問題が分からないんだ!」。ついに堪忍袋の緒がきれたらしい。次の瞬間、持っていた箸で私の頬を突いた。もちろん手加減しているので怪我はなかったが、鋭い痛みが顔面を走った。
できの悪い弟がよほど歯がゆかったに違いない。今から思えば、私の将来を心配する兄の"愛のムチ"だったとおもう。幼いころに父をなくした私を「父親代わりに鍛えてやろう」と意気込んでくれたのだろう。だが、この仕打ちは私の胸にこたえた。
自分の部屋に引き返すと、目頭が熱くなり、ポタポタと悔し涙があふれた。
そんな出来事が重なるうちに、私と三兄の関係は徐々に冷え込んでいった。どうしても性が合わないのだ。私が向かいの畳屋に上がって焼き芋をもらったり、お手伝いさんの娘と映画に行ったりすると、そのたびにひどくしかられた。流行歌を口ずさむだけで文句を言われた。
心の慰めは婦人服のデザイン画を描くことだった。かつて長兄の家族がニューヨークから持ち帰った素敵な洋服や雑誌を思い起こしながら、様々なデザインの婦人服を描きまくった。空想の世界に自分を逃避させていたのかも知れない。私は自分の居場所が見つからず、孤独感に打ちひしがれていた。
ある日、大切に描きためていたデザイナ画が三兄に見つかってしまった。「男のくせにこんな女の絵ばかり描きやがって。我が家の恥だ」。激高した彼はデザイン画の束を鷲掴みにし、庭のたき火にくべ始めた。赤い炎の中でデザイン画がメラメラと燃え上がっていく。私はそれを悲しい目で見つめていた。
これも兄の"親心"だったに違いないが、当時の私には分からない。ゆがんだ学歴意識を憎み、ひたすら反発心を燃え上がらせた。「何度だって描きなおしてやるさ。絶対にあきらめないぞ・・・・・・」。煮えたぎるような感情をそっと胸にしまいこみ、私は灰になったデザイン画を黙って掃除した。
木枯らしが吹き付ける寒い冬の日。庭一面に白い粉雪が蝶のように舞っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
単語

愛の鞭 あいのむち 愛するゆえに与える罰。特に、体罰。
嘱望 しょくぼう
証城寺の狸囃子 しょうじょうじのたぬきばやし 
堪忍袋の緒が切れる かんにんぶくろのおがきれる もうこれ以上我慢できなくて怒りが爆発する。◆ 「緒」は、ひものこと。「堪忍袋の尾が切れる」と書くのは誤り。
歯痒かる はがゆかる 思いどおりにならなくて、いらだたしい。もどかしい。
胸に応える むねにこたえる 心に強く感じる。痛切な思いが残る。胸にひびく。
目頭 めがしら
激高 げっこう
鷲掴み わしづかみ
焚き火 たきび
歪む ゆがむ
憎み にくみ
煮え滾る にえたぎる
胸に仕舞い込み むねにしまいこみ
木枯らし こがらし

没有评论: